ヤマトクサカゲロウの交尾時の腹部振動音の解析については、昨年度購入した機材により良好な解析を行うことができるようになった。これを受けて本年度は新たに採集した西日本個体群(京都および熊本)についても解析を行いこれまでのデータと共に幼虫の形態により分けられているタイプおよび地域個体群間の比較を行った。この結果これまでに得られた結果と同様、タイプAとタイプBの個体は大きく異なる音響交信を行っていることが確認できた。タイプAについては個体群による違いは少なく、北海道から九州まで広く同じ振動波形を示し、タイプBについても採集できた長野県内の数カ所で同じ波形を示した。今後は長野県でしか得られていないタイプB個体の詳細な分布調査などが望まれるところであり、実際に調査を行う計画を立てている。 両タイプ間のDNA塩基配列については、様々な昆虫で有効な結果が得られているミトコンドリア遺伝子のチトクロームオキシダーゼ 領域部位を用いて、PCR産物のダイレクトシークエンス法により比較および解析を行った。シークエンスを行った結果、両タイプについては異なる配列部分が多くみられ、得られた配列から最節約法による系統樹を作成したところ、両者は遺伝的に異なるという傾向が認められた。塩基配列からアミノ酸の配列に変換したところ、置換が起きている部位はすべて同義置換であり、アミノ酸の配列は変わらなかった。 また、系統樹から両タイプが必ずしもきれいに分かれるのではなく、同一地域(長野県伊那郡)における異なるタイプの個体が同じクラスターを形成することから、少なくとも一部地域についてはタイプ間でミトコンドリアの遺伝子の交流が起きている結果が得られた。このことから今後は核遺伝子の領域を調査する必要があると考えられた。しかしながら両タイプは総合すると異なる生物種に属する可能性も示唆され、大変興味深い結果となった。
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