1970年代以降、アワビ類の漁獲量は減少傾向にあるが、その原因は未だ明らかでない。昨年度までの調査研究により、われわれは有機スズ化合物(トリブチルスズ及びトリフェニルスズ)がアワビ類にも何らかの生殖機能障害を引き起こすとの仮説を立てた。 この仮説検証の一環として、組織学的に正常と見られる対馬産アワビを有機スズ汚染が深刻であった城ヶ島に移植し、一定期間飼育した後の生殖巣の変化を観察する実験を1998年6月に開始した。殻長10cm程度の対馬産アワビχカ個体を、有機スズ汚染がかって相当深刻であり、現在でも海洋環境中から高濃度の有機スズが検出される城ヶ島の造船所前(黒島)とその近傍(中根)に半数ずつ移植し、1999年1月に黒島と中根からそれぞれ約半数ずつを取り上げた(残りの個体に関しては、引き続き、試験を続行中:1999年3月現在)。取り上げたアワビの生殖巣を切除してロスマン氏液で固定し、パラフィン包埋、薄切後、ヘマトキシリン/エオシン染色を施し、光学顕微鏡で観察した結果、黒島では雌9検体中8検体(88.9%)で、中根では雌8検体中7検体(87.5%)で卵巣中に精母細胞及び精細胞が観察され、このうち1検体では精細管の形成も観察された。これらの個体は雌が雄性化したものと考えられた。こうした検鏡所見はインポセックスが認められているパイの生殖巣において観察されたものと同一であり、イボニシやその他の新腹足類においてもインポセックスに伴う卵巣中での精子形成や精巣化が知られている。したがって、城ヶ島の造船所周辺の何らかの環境要因がアワビ類に、ベニスなどの外部生殖器は形成させないものの、インポセックスと質的に同等の雄性化(卵巣中での精子形成)を引き起こしたものと考えられた。その環境要因が有機スズ化合物である可能性は高いが、現段階では断定できないため、今後改めて室内実験を行うことにより原因の特定を目指す予定である。
|