近年、重要海産魚種であるヒラメの人工的な採卵が安定して行われるようになった。しかしヒラメ初期胚の輸送に際して、輸送時間の増加に伴った孵化率の低下、奇形出現率の増加という深刻な問題が生じており、その原因解明が急がれている。そこで申請者は、ヒラメ初期発生胚に対する温度、振動、紫外線照射などの影響を検討し、これらのストレスが発生率低下の一因であることを見いだした。ところで、生体は各種ストレスに応答して細胞を防御する一群のストレス蛋白質を合成する。中でも70kDaの熱ショック蛋白質(HSP70)ファミリーは、蛋白質の機能発現に必須の因子である分子シャペロンであることから、新生蛋白質の品質管理に極めて重要な機能を果たしているもとの考えられる。申請者は、ヒラメ初期胚および初期胚由来初代培養細胞cDNAライブラリーより完全長のHSP70ファミリーの構成的発現型ストレスタンパク質(HSC71)および熱ショック誘導型ストレスタンパク質(HSP70)を得た。予想されるHSC71およびHSP70の分子量は71.2kおよび70.6kであり、650または640残基よりなるアミノ酸配列は既報の脊椎動物のものと高い相同性を示した。両者のC末端には細胞質型HSP70ファミリーに特徴的なEEVD配列が認められた。得られた塩基配列をもとに各々に特異的なDNAプローブを作製し、ヒラメ初期胚におけるHSC71およびHSP70のmRNAの発現を検討した。HSC71のmRNAは産卵後孵化するまでに常に発現していたが、特に胞胚期以降に顕著であり、HSC71は通常の発生に極めて重要であることを示唆している。加えて、HSC71のmRNAは熱ショックを与えたときにのみ発現が誘導された。これらの事実は、高度な生体防御系を持たない魚類初期胚においてHSC71およびHSP70は細胞レベルでのストレス応答に重要な働きをしていることを示すとともに、HSP70の発現様式は、輸送に伴うストレス状態の化学的・生理学的解明及びストレス負荷程度の判定指標に有用であることを示唆している。
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