近年、重要海産魚種であるヒラメの人工的な採卵が安定して行われるようになったしかしヒラメ初期胚の輸送に際して、輸送時間の増加に伴った孵化率の低下、奇形出現率の増加という深刻な問題が生じており、その原因解明が急がれている。平成9年度の研究から、水温上昇が強いストレッサーであることが明らかになり、また、蛋白質の機能発現に必須の因子である分子シャペロンのヒラメHSP70およびHSC71のcDNAクローニング、各々に特異的なDNAプローブの、作製に成功した。平成10年度は、ヒラメ初期胚におけるHSC71およびHSP70のmRNAの発現を詳細に検討した。孵化適温とされる15℃およびさらに高い20℃(この水温では孵化後奇形発生率が上昇する)において、HSC71のmRNAは受精後-胞胚期では、その発現は僅かであった。一方、胞胚期-孵化では顕著にその発現が誘導された。胞胚期以降に50%致死の強いヒートショックを与えても高い発現レベルは維持された。HSC71は通常およびストレス条件下における発生に極めて重要であることを示唆している。一方、HSP70のmRNAは孵化水温20℃において胞胚期以降および、熱ショックを与えたときに発現が誘導された。これらの事実は、高度な生体防御系を持たない魚類初期胚においてHSC71およびHSP70は細胞レベルでのストレス応答に重要な働きをしていることを示すとともに、HSP70の発現様式は、輸送に伴うストレス状態の化学的・生理学的解明及びストレス負荷程度の判定指標に有用であることを示唆している。また、ストレス負荷程度の判定指標として求めた初期胚のエネルギーチャージは50%致死の強いヒートショックにおいて有意に減少した。さらに、初期胚由来初代培養細胞系を用いてストレスによるアポトーシス型細胞死を認めており、今後はストレス条件下における魚類初期胚の生存戦略をアポトーシスを含めて検討する必要がある。
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