塩基性薬物、中性薬物および酸性薬物関連剖検死体(死後に置かれた姿勢は仰臥位)について、各薬物の左右心臓血濃度と肺濃度の関係を中心に検討を行ったところ、塩基性薬物関連死体では、薬物の肺への分布が著明で、死後経過時間が短くかつ死後変化がほとんど認められなくても薬物の左心血濃度が右心血濃度よりかなり高値を示す症例が多かった。中性薬物および酸性薬物関連死体では、薬物の肺濃度は血中濃度とほぼ同程度であり、心臓血中薬物濃度に左右差は認められなかった。そこで、アミトリプチリン(20mg/kg)、メタンフェタミン(5mg/kg)又はアモバルビタール(20mg/kg)を家兎の皮下又は静脈内に投与し、20min〜1h後にヘパリン処理の上屠殺し、そのまま又は心臓周囲の大血管を結紮後仰臥位で室温に放置する実験を行った。その結果、アミトリプチリンの場合(死後6hの薬物濃度)/(死亡時の薬物濃度)比は、血管非結紮群の左心血でのみ2.09±0.64と大きな値を示した。アミトリプチリンの肺濃度と肺静脈血濃度はそれぞれ心臓血濃度の20〜40倍および5〜10倍高い値を示した。アミトリプチリン代謝物のノルトリプチリンも肺への分布が著明であり、死亡時には心臓血から全く検出されなかったものの6時間後には血管非結紮群の左心血から僅かながら検出された。メタンフェタミンもアミトリプチリンと同様な組織分布パターンを示し、血管非結紮群の左心血における(死後6hの薬物濃度)/(死亡時の薬物濃度)比は1.62±0.47であった。アモバルビタールは肺や血液にほぼ均等に分布し、血管結紮の有無に拘わらず死後における心臓血濃度の変動は認められなかった。本研究により、肺に高濃度分布した塩基性薬物は、死後速やかに肺静脈血に再分布し、死体の姿勢が仰臥位であれば左心血中に短時間内に侵入することが明らかとなった。
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