研究代表者は肝細胞の増殖、癌化におけるトロンビンの役割を解明するために、主にヒト肝癌細胞株HepG2を使って、実験をおこなった。まずHepG2をG-蛋白共役受容体アゴニストで刺激して、細胞増殖と密接に関連する古典的MAPキナーゼ(ERK)の活性化を検討した。トロンビン、プラヂキニン、リゾフォスファチヂン酸の三種類のアゴニストはERKを同程度に活性化した。しかし新たなMAPキナーゼであるJunキナーゼとp38は、トロンビンのみによって著明に活性化された。トロンビン刺激後、Junキナーゼとp38の活性化のピークは各30分、15分であった。トロンビンがJunキナーゼを活性化する経路に関しては、百日咳毒素非感受性で、Cキナーゼに部分的に依存性であった。即ち、トロンビンは肝細胞膜の受容体に結合した後、三量体G蛋白のGiは介さず、GqからCキナーゼへの伝達経路を部分的に介して、Junキナーゼを活性化させることを初めて見い出した。トロンビンは他の二種類のアゴニストと異なり、上記の三つのMAPキナーゼを強力に活性化した。これはトロンビンがHepG2細胞において重要な役割を持つことを示唆する。一方ラットの初代培養肝細胞において同様な実験を試みたが、これらMAPキナーゼの活性化は極めて弱かった。この理由として、肝細胞は癌化に伴いトロンビン受容体の発現が増加していく可能性が考えられる。現在この仮説に基づき、in vivoの実験と臨床検体を用いた検索を開始している。これにより新たな肝癌治療の方法が見い出せるものと考える。
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