本研究の目的は、虚血性心疾患における不整脈の成因として注目されている血小板活性化因子(PAF)の心筋細胞への電気生理学的作用を実験的かつ理論的に検討し、PAFによる活動電位持続時間(APD)の変化、早期後脱分極(EAD)の誘発とその機序を明らかにすることである。微小電極法による検討では、PAF1.0-10μM投与により、APDの延長(EAD誘発)を示す標本と短縮を示す標本の2通りが認められた。模擬虚血(無酸素、グルコース除去)下では、虚血早期におけるPAFのAPD短縮促進作用が認められた。これらの結果は、PAFのAPDへの影響が虚血状態に依存して大きく変化することを示している。パッチクランプ法による検討では、PAFのAPDへの影響は、PAF濃度とともに細胞内ATP濃度に依存することが明らかとなった。即ち、正常ATP濃度(2-5mM)では、PAFlμM投与によりAPDは不変もしくは延長を示し、PAF10μMでは、APDの著しい延長(EADの誘発)とともに、全膜電位領域での外向き電流の減少が認められた。一方、低ATP濃度(0-1mM)では、PAFlμM投与により急激なAPDの短縮が生じ、ATP感受性Kチャネル(K-ATP)阻害薬であるGlibenclamide lμMにて完全に抑制される外向き電流(即ち、K-ATP電流)の活性化が認められた。これらの結果より、PAFは虚血心筋のK-ATP電流活性化を促進してAPDの著しい短縮をもたらす一方、正常心筋では、内向き整流並びに遅延整流K電流の抑制によりAPDを延長、EADを誘発すると推測された。従って、PAFはEAD誘発作用とともに、虚血時のAPD不均一性増大をもたらし、虚血性不整脈の発現を助長する可能性があると考えられた。 現在、PAFのK-ATP電流及び遅延整流K電流への作用の分子機構(特異的受容体、G蛋白などの関与)、心筋の非線形力学的性質への影響を、パッチクランプ法並びに数学的解析法により、さらに詳細に検討中である。
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