Shcがインスリン作用に及ぼす影響の検討として、増殖作用とグリコーゲン合成作用発現へのShcの各チロシンリン酸化部位の関与を調べた。Rat1線維芽細胞にY317F-、Y239/240F-、Y239/240/317F-Shcを過剰発現し検討したところ、インスリン刺激によるShcのチロシンリン酸化は野生型Shcの発現により増強し、Y239/240/317F-Shc、Y317F-、Y239/240F-Shcの発現順で低下し、その低下の程度に比例してShc/Grb2結合とMAPキナーゼ活性の低下、さらに、チミジンの取り込み低下を認めた。インスリンの標的細胞として重要な筋肉細胞(L6細胞)を用いた検討でも、増殖作用への関与はRat1線維芽細胞と同様であるのに対し、野生型及び全ての変異型Shcの過剰発現において、Akt活性とグリコーゲン合成作用の低下を認めた。Shc発現によるグリコーゲン合成低下の原因として、IRS蛋白のチロシンリン酸化の低下が示唆された。この事から、Shcの317-Tyrリン酸化を介したシグナル伝達が増殖作用の発現に重要であるのに対し、インスリンのグリコーゲン合成作用には、Shcはチロシンリン酸化に関係なくIRSとの競合作用により抑制的に制御することを示唆する結果を得た。次に、Shcが糖尿病状態での動脈硬化に及ぼす影響の検討として、高血糖状態で培養したラット大動脈由来平滑筋細胞(A10)でPDGF作用を調べた。PDGFによるチミジン取り込みの亢進は、高血糖培養下で低下し、その低下はShcのチロシンリン酸化の程度と比例していた。また、高血糖によるPDGF作用の低下はTroglitazoneの前処置により正常化した事から、糖尿病状態での動脈硬化にShcは関与しており、その治療法としてTroglitazoneの有用性を示唆する結果を得た。
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