中枢神経系の分化過程における甲状腺ホルモン受容体とそのリガンドの作用を明らかにするために、培養細胞系を用いて実験を行った。PC12細胞はnerve growth factor(NGF)の存在下でneuriteを伸ばし、神経細胞様の形態をとると同時に増殖停止に至ることが知られている。まずこの細胞に甲状腺ホルモン受容体応答エレメントを組み込んだアデノウイルス(Ad5PALx3tkLuc)を感染させたところ、甲状腺ホルモン濃度およびウイルス量に依存してluciferase activityの増加が認められ、この細胞でアデノウイルスを用いた実験系が機能することを確認した。ウイルス量は100MOIを超えると細胞毒性があらわれ、luciferase activityも低下する傾向にあったため、主な実験は50MOIのウイルス量で行い、甲状腺ホルモン(T3)の濃度が100nMの時に最大の反応が得られた。PC12細胞をウシ血清1%という低栄養の培養環境で維持すると、3日後に細胞数は約5倍となる。T3を培養液に添加しても細胞増殖には影響がない。一方50ng/mlのNGFを添加すると細胞の増殖は停止し、長いneuriteが出現してくる。これらを確認したのち、甲状腺ホルモンβ1受容体cDNAを組み込んだアデノウイルス(Ad5TRβ1-W)を感染させたPC12細胞で同様の実験を行うと、T3非存在下でNGFによる細胞分化が強く抑制された。T3を加えることによりこの抑制は解除された。甲状腺ホルモン不応症患者で同定された変異甲状腺ホルモンβ1受容体cDNAを組み込んだアデノウイルスではT3の効果は認められなかった。以上からPC12細胞のNGFによる分化に対してリガンド非結合甲状腺ホルモン受容体が負に作用していることが明らかになった。神経細胞は胎生末期から新生児期に急速に分化することが知られているが、甲状腺ホルモン受容体はこうした分化が適切な時期に起きるよう(早期におきすぎないよう)調節する役割を担っている可能性が考えられる。
|