甲状腺ホルモン受容体(TR)は、甲状腺ホルモン(T3)非存在下では標的遺伝子の転写活性を積極的に抑制するサイレンシング作用を示す。機能的なTRであるTRβ1とTRα1は、C端約40個のアミノ酸が共通しており、重篤な全身型甲状腺ホルモン不応症で発見されたC端11個のアミノ酸を欠失する異常TRβ1(βF451X)と、これと全く同一のC端欠失を持つよう作成した異常TRα1(αF397X)は、正常TRと比べ有意に強いサイレンシング作用を示した。今回の研究では、種々のT3応答領域(TRE)における正常TR、βF451X、αF397X、さらに類似のC端欠失/変異TRのサイレンシング作用を検討し、その発生機序をレチノイドエックス受容体(RXR)やコンプレッサー蛋白との相互作用の点から解析した。 1.種々のTREにおけるサイレンシング作用の比較:TRのサイレンシング作用はTRE依存性であり、consensus TREである。direct repeat(DR4)やpalindrome(pal2)では、βF451Xは正常TRβ1よりも、また、αF397Xは正常TRα1よりも有意に強いサイレンシング作用を示したが、native TREであるlysozyme silencer F2においては、正常TRとβF451X、αF397Xの間に有意な差を認めなかった。TRE-DR4においてβF451Xは、β1のC端13個のアミノ酸を欠失したβE449XやC端6個のアミノ酸のframe shift変異を起こしたβL456fsよりも有意に強いサイレンシング作用を示した。RXRとのヘテロダイマー形成能を障害されたβL428Rは、使用したすべてのTREにおいてサイレンシング作用が極めて弱かった。2.RXRのサイレンシング作用に対する影響:TRと等モル数のRXR発現プラスミドをCV-1細胞に遺伝子導入したが、種々のTRのサイレンシング作用に有意の変化を認めなかった。3.GAL4-RXR上での種々のTRのサイレンシング作用の比較:In solutionでのTRとRXRのヘテロダイマー形成により、βF451Xは、正常TRβ1、βE449X、βL456fs、βL428Rよりも有意に強いサイレンシング作用を示したが、αF397Xと正常TRα1との間には有意差を認めなかった。4.In solutionでの種々のTRとRXRとの結合親和性の比較:GAL4-RXRとVP16-TRβ1の相互作用を競合阻害するtwo-hybrid assayでは、βF451Xは、正常TRβ1、βE449X、βL456fs、βL428Rよりも有意に強いRXRとの結合親和性を示したが、αF397Xと正常TRα1との間には有意な差を認めなかった。5.In solutionでの種々のTRとコンプレッサーSMRTとの結合親和性の比較:GAL4-SMRTを使用したtwo-hybrid assayでは、βF451Xは、正常TRβ1、βE449X、βL428Rよりも有意に強い結合親和性を示したが、αF397Xと正常TRα1との間には有意な差を認めなかった。 以上より、相同なC端欠失を有するβF451XとαF397Xは、各種TREにおいて同程度の強いサイレンシング作用を示すことが明らかとなった。βF451Xの強いサイレンシング作用には、RXRやコンプレッサーSMRTとの高い結合親和性が関与する可能性が示唆されたが、αF397XのそれはRXRやSMRT以外の他の要因が関与することが推測された。
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