チミジル酸合成酵素(TS)はDNA合成の鍵となる酵素であり、フッ化ピリミジン系抗癌剤は本酵素を標的とすることによりDNA合成を阻害して抗腫瘍効果を発揮する。しかしながら、フッ化ピリミジン系抗癌剤は原発性肺癌には無効とされてきたため、肺癌におけるTSの発現についてはこれまで検討されていなかった。そこで、本研究においてはまず、手術時に採取され凍結保存されている肺癌組織検体を用いて、酵素学的にTS活性の存在を証明した。すなわち、TS binding assay法を用いてその酵素活性を測定すると、1.8から169.9(平均20.2)pmol/gと、フッ化ピリミジン系抗癌剤が頻用される消化器癌と同等のTS酵素活性を有することが判明した。また同時に肺癌組織検体より蛋白を抽出し、共同研究者により作製された抗TSポリクローナル抗体を用いたウエスタンブロット法にてもTSの存在を証明した。ここで、ウエスタンブロット法で測定されたTSの蛋白濃度とbinding assay法で測定された酵素活性は、ほぼ完全に相関した。 ついで腫瘍組織内のTS発現の分布を免疫組織染色により検討すると、TSは一部の炎症細胞にも発現が認められるものの、ほぼ腫瘍細胞の細胞質に限局して認められることが判明した。この際、binding assay法において10pmol/g以上のTS活性を有する症例においては免疫組織染色にて腫瘍細胞におけるTS発現が確認(26例中16例)され、10pmol/g未満であれば免疫組織学的には検出不能(26例中/10例)であった。なお、TS遺伝子の変異については認められなかった。 このような基礎的な検討に次いで平成10年度には、ホルマリン固定パラフィン包埋保存されている長期予後判明している肺癌手術検体を使用し、抗TS抗体による免疫組織染色によるTS発現とその予後、また術後チミジル酸合成酵素(TS)の有効性との相関につき検討する予定である。
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