研究概要 |
金属インプラントが体内で優れた耐腐食性を示すのは良好な不動態膜が表面に形成されていなければならない.人工関節しゅう動面や骨頭とステムの接合部では摩擦によって機械的に不動態膜が損傷を受けるおそれがある.不動態膜が摩擦作用によってどの程度損傷を受けるか電気化学的に検討した.供試材にはSUS316Lステンレス鋼,Co-28Cr-6Mo(F75),Ti-6Al-4V合金,超高分子量ポリエチレンを用いた.同種金属同士でPin on Disk摩擦試験を行い,腐食電位をモニターすることによって不動態膜の損傷度を推定した.擬似生体腐食環境としてCa,Mg不含のリン酸緩衝液PBS(-)を用い,常温下,摩擦速度3.4〜108.3mm/s,負荷2.8〜465Nにて摩擦した.Pin試験片の摩擦面の腐食電位をカロメル参照電極を基準に測定した. 得られた結果は以下の如くである.(1)PBS(-)溶液中で金属同士を摩擦するといずれの金属も低い接触面圧でも摩擦開始直後から不動態膜はほぼ完全に破壊した.(2)金属対UHMWPEの摩擦では摩擦開始直後に不動態膜は強い損傷を受けるが摩擦時間の経過とともに次第に回復し,それぞれの金属固有の分極電位に落ち着いた.316L鋼とCo-Cr合金の不動態膜摩擦損傷度は接触面圧20MPaを超えると60%に達した.一方,Ti合金の不動態膜摩擦損傷度は接触面圧10MPaで70%に達し,更に接触面圧の増加に伴って増大した.(3)不動態膜の損傷度は負荷のみならず摩擦速度にも顕著に依存した.特に,チタン合金は摩擦速度3.6mm/sでは他の合金に比べて優れた不動態膜維持能を示したが,108mm/sでは極端に不動態膜維持は低下した.(4)不動態膜損傷度と接触面圧の関係を利用して,Hertz接触を仮定した場合の人工股関節骨頭における不動態膜損傷度を算出した.臼蓋が金属であると,その種類を問わず完全な不動態膜を維持するのは困難であった.体重の数倍程度の骨頭荷重が負荷されると,骨頭径37mm,半径すき間0.01mmの場合の損傷度は30〜50%と推定された.半径すきまが0.1mmの場合の損傷度はほぼ100%であった.(5)臼蓋がポリエチレンの場合,骨頭径28mmで半径すき間0.1mm,骨頭径が37mmで半径すき間0.1mmの人工股関節の骨頭表面の損傷度はそれぞれ316L鋼が27%と24%,Co合金が30%と35%,チタン合金が45%と80%であった.
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