ある種の静脈麻酔薬や吸入麻酔薬、昨今では軽度低体温に脳保護効果があることが注目されている。最近の研究では、その機序が単に代謝の抑制ではなく、その他の機序の関与が示唆されているが、いまだ確定していない。ネクローシスは主に細胞内エネルギー欠乏により起こるため、代謝の抑制がネクローシス抑制につながりうる。しかしアポトーシスは、細胞内カルシウム濃度の増加、遺伝子の発現、ある種の蛋白分解酵素(caspase)の活性化など、細胞内カスケードの活性化によって起こる。すなわち、代謝抑制ではなく、これらカスケード抑制がアポトーシス抑制につながる可能性がある。そこで私たちは、麻酔薬、軽度低体温の保護効果の機序が、上記カスケードを抑制する結果、アポトーシスを抑制するのではないかという仮説をたてた。平成9年度は静脈麻酔薬が神経系アポトーシスにどのような影響を与えるか検討した。平成10年度は低体温、吸入麻酔薬の影響を検討した。 神経系細胞のモデルとしてラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞を用い、培養液からの血清除去によりアポトーシスを誘導した。評価は細胞死の判定とアポトーシス細胞の定量化で行った。すなわち、細胞死の判定は培養液中に遊離した乳酸脱水素酵素活性によって、アポトーシス細胞の定量化は細胞をアルコール固定後ヨウ化プロピジウムで染色しフローサイトメトリーによりDNA含量を測定し行った。結果、29-37℃の低体温は温度依存性に、細胞死ならびにアポトーシス細胞の割合の増大を抑制した。一方、イソフルラン、セボフルランなどの吸入麻酔薬にはアポトーシス抑制効果を認めなかった。本研究により、神経系アポトーシスに対して軽度低体温が抑制的であることが初めて明らかにされた。
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