本研究では、イヌの咬頭部エナメル質中の小柱の三次元的走行ならびにその配列について検索を行い、歯脛部エナメル質の小柱と比較するとともに、エナメル芽細胞の側方移動について検討を行った。本研究の結果から、トームス突起の分泌面の向きが同じ方向を有するエナメル芽細胞が小集団を形成しながら分泌面の向きと反対方向に側方移動しており、これがエナメル質上で同じ方向に傾く小柱群として観察された。このような傾斜方向が異なる二つの小柱群は交互に歯冠を取り巻くように配列していた。小柱群が互いに平行に概ね等間隔で配列している歯脛部では、小柱群の中心部分ほど小柱の水平方向の移動成分が大きく境界部分に近づくほど小さくなる規則的な配列を示していた。一方、咬頭部では小柱群は歯軸を中心として同心円状に分布しているためにエナメル小柱の走行ならびにその配列には歯脛部エナメル質に見られるような規則性は認められなかった。また小柱の中には表層に近づくに従い小柱群の境界に近接し、さらに隣接する小柱群に入り込むとともに反対方向に傾くようになるものが存在した。もしトームス突起からの基質分泌によって、エナメル芽細胞に側方移動力が生じると考えると、本研究の結果を矛盾なく説明することができる。 このような考えに基づくと、エナメル芽細胞群の境界部では、境界をはさんで相接するエナメル芽細胞群が互いに相反する方向に移動することにより、エナメル芽細胞には本来の水平方向と逆向きに作用する移動力が加わるものと考えられる。また、この逆向きに作用するスレ違いによる力は境界部で最大となり、境界部から離れるにつれて弱くなっていくものと思われる。したがって、細胞群が互いに平行に分布する歯脛部ではエナメル芽細胞の側方移動力は中心部で最大となり、境界に向かうに従って小さくするため、直線上に配列していた小柱列は表層に近づくに従い規則的な波形曲線上に配列する。しかしながら、咬頭部ではエナメル細胞群の配列が乱れるために個々のエナメル芽細胞に働く力の方向性も失われ、歯脛側で観察されるような小柱の配列の規則性が見られなくなるものと考えられる。
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