申請者は口腔癌における多段階発癌の機序を解明する目的で、DMBA誘発ハムスター頬嚢粘膜癌の実験系を用い複数の遺伝子異常を経時的に観察してきた。その結果、発癌過程の後期ではp53遺伝子の変異とc-H-ras遺伝子の変異が重要な役割を果たしていることがわかったが、早期において関与する遺伝子は不明であった。そこで、 最近ハーバード大学のWongらが本実験系から単離、同定したdoc-1という新しい腫瘍抑制遺伝子に着目し、正常粘膜から前癌病変を経て早期癌が発生するどの段階でこの遺伝子の発現異常が起こるかを検索した。ノーザンブロット法でdoc-1遺伝子の発現を経時的に観察し、どの時期から発現が消失するかを検索することにした。doc-1は腫瘍抑制遺伝子のため、正常組織では発現するが腫瘍組織では発現が低下することが予測された。しかし、結果は発癌の全経過を通じdoc-1の発現が認められ、特に進行癌症例においては正常粘膜よりも発現が増大していた。ある種の腫瘍細胞でdoc-1遺伝子に変異がおこったことにより過剰発現が認められた可能性も考えたが、多数の早期癌、進行癌症例においても発現の程度はほぼ一定であり、その可能性は低いと思われた。結論として、doc-1は今回の実験からは癌化との関連は示唆されなかった。 そこで最近、大腸癌の微小リンパ節転移の遺伝子診断に用いられているMASA法を用いて、本実験系のc-H-ras遺伝子変異の起こる時期について再評価した。その結果、以前に用いた直接塩基配列決定法では主に進行癌においてしか変異が認められなかったが、MASA法では異形成上皮からも変異が認められ、発癌の早期の段階で関与することが示唆された。
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