一酸化窒素(NO)は、生体内における様々な生理作用発現に関与する分子として注目を浴び、医学、生物学の分野でのNOの研究は飛躍的に増大している。その中で筆者は、化学的な視点からNOの性質を明らかにすることを目的に研究を行い、これまでにNOが有機アミン類、および、アミド類と反応することを見いだしている。そこで今年は、ペプチド、酵素等の生体有機分子と関連が深いアミド類について、NOとの反応を精査した。その結果、アミドの多くはNOによりN-ニトロソ化を受けたが、立体障害の大きなアミドでは反応速度が遅くなることが分かった。また、溶媒効果を検討した結果、ベンゼン、ジクロロエタン等の非極性溶媒中では反応は円滑に進行したが、酸素原子を有するLewis塩基性の溶媒中では著しく阻害されることが分かった。水中、および、ジクロロエタン/水=1の混合溶媒中でも反応は進行しなかった。次に、実際の反応種が何であるのかを決定するため、酸素の添加効果を調べた。酸素をアミドに対して0.02当量ずつ添加すると、ほぼ直線的に収率が増加した。また、NOに対して0.25当量の酸素を添加した場合に最も収率が高くなった。これらの結果から、NO自身がアミドと反応していること、NO_2、N_2O_3も同様にアミドのニトロソ化を起こすことが分かり、反応性の順序はN_2O_3>NO_2>NOであることが示唆された。そこで次にNOの基質選択性を調べるため、2種類のアミド混在下にNO、NO_2、NO^+をそれぞれ反応させた結果、NOが最も基質選択性の高いことが明らかとなり、中でもグリシン誘導体は、他のアミノ酸誘導体に比べて反応速度が速いという興味ある知見を得た。以上、NOは存在環境により反応性がコントロールされること、および、他のニトロソ化剤に比べ基質選択性が高いことが明らかとなった。この結果は、合成化学的に選択性の高い反応が更に見いだせることを示唆しており、生物学的には酵素等のタンパク質の特定部位でNOが反応し得ることを示すものである。
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