3T3-L1線維芽細胞はインスリン・デキサメサゾン・IBMXの同時添加によって白色脂肪細胞へと分化することが報告されているものの、細胞分化を誘導する情報伝達系については不明な点が多く残されている。これまでに私たちは3T3-L1細胞の脂肪細胞への分化が1)3量体GTP結合蛋白質の機能を消失させる百日咳毒素(PTX)の前処理によって抑制されること、2)インスリンによって活性化されるphosphatidylinositol 3-kinase(PI3-キナーゼ)の特異的阻害薬であるwortmanninの前処理によっても抑制されることを明らかにしてきた。このことから、PTXとwortmanninは細胞分化を誘導する情報伝達系を解析する上で、有用なプローブである可能性が示唆された。そこで、脂肪細胞分化へのkey factorであるインスリンの情報伝達系を調べた。PTX、wortmanninは共にインスリン刺激に伴うRasの活性化とMAPキナーゼ活性やMAPキナーゼの活性化に必須なチロシン残基のリン酸化を抑制した。この時、インスリンと同様に受容体チロシンキナーゼを活性化させるepidermal growth factor(EGF)刺激に伴うRasおよびMAPキナーゼの活性化に対しては抑制作用を示さなかった。受容体自己チロシンリン酸化反応、基質蛋白質(IRS-1)のチロシンリン酸化とPI3-キナーゼとの結合に対しては影響を及ぼさなかった。しかしながら、PTXはインスリン刺激に伴うPI3-キナーゼ活性を50%抑制した。このことから、インスリンのPI3-キナーゼ活性化機構には異なる2つの経路が存在し、1つは受容体キナーゼ→IRS-1→PI3-キナーゼ、他方は受容体→PTX感受性蛋白質、おそらく3量体G蛋白質→PI3-キナーゼを介するものであることが示唆された。したがって、PTXはインスリンによるPI3-キナーゼ活性を抑制することで、その下流に存在するカスケードを抑制する結果、脂肪細胞への分化を抑制していることが推定された。
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