本研究の目的は、末梢および中枢神経系における痒みに関連する因子の検索を行い、アトピー性皮膚炎に見られる慢性的な激しい痒みの機序を明らかにすることである。まず、アトピー性皮膚炎に伴う痒みの動物モデルを確立するために、自然発症的にアトピー性皮膚炎に類似した皮膚炎を呈するNCマウスに着目し、痒み関連行動としての引っ掻き動作を観察対象とした。無人下でのビデオ観察の系を用いてNCマウスの引っ掻き行動を定量した結果、皮膚炎を発症したマウスでは慢性的な激しい引っ掻き行動が見られることが明らかになった。また、NCマウスのうち激しい引っ掻き行動を示す個体の、引っ掻き部位の皮膚、後根神経節、脊髄、脳核部位の組織を摘出し、引っ掻き行動を示さない個体を対照郡としたDifferential Display法を行った。発現量に差の認められた279クローンの解析の結果、引っ掻き行動群の大脳皮質中で転写因子のMEF2C mRNAが増加していることが示され、このことはRT-PCRによる定量実験によっても確認できた。正常マウスの皮内にセロトニンを投与すると一過性の引っ掻き行動が見られるがこの際には大脳皮質内のMEF2C mRNA増加は認められなかった。MEF2Cの引っ掻き行動に対する関与をさらに調べるために引っ掻き行動を示しているマウスの脳室内にMEF2C mRNAに対するアンチセンスオリゴマーを投与し、大脳皮質内のMEF2C mRNA発現量を減少させた場合の引っ掻き行動への影響を検討した。MEF2Cは脳内では大脳皮質特異的な発現を示すことが明らかになっているため、脳室内投与でも他の部位への影響を考えずに行えると判断した。生理食塩水やミスマッチオリゴマー投与の対照群と比較して、アンチセンス投与群では引っ掻き行動が有意に抑制された。アンチセンス投与による鎮静や運動失調は見られなかったため、このMEF2Cの減少による引っ掻き行動の抑制は、運動系の抑制を介した結果というよりは、痒みの感覚・知覚の抑制によるものだと推測される。以上の結果から、NCマウスが慢性的な痒みのモデル動物となること、大脳皮質における慢性的な痒みの感覚・知覚の機序にMEF2Cが関与していることが示唆された。
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