当初計画に従い、β-ラクタマーゼによる基質加水分解機構について量子化学計算による検討を行った。β-ラクタマーゼが被加水分解基質(ペニシリンG)を活性中心に取り込んだときの状態及び加水分解反応における中間体の動的構造については分子動力学計算により既に明らかにしているので、まずこれを基に活性部位近傍のアミノ酸残基(Ser70、Lys73、Glu166)及びペニシリンGを抜き出して基質加水分解反応モデルを組み立てた。次に、このモデルを用い一連の基質加水分解反応のうちアシル酵素中間体の加水分解反応(脱アシル化反応)を求め、脱アシル化反応におけるLys73、Glu166の役割を明らかにした。結果は以下の通りである。初期構造においては脱アシル化反応に関与する水分子はGlu166Oεと水素結合により相互作用している。すなわちGlu166は、水分子を反応系に引き込む働きをしている。この構造からGlu166Oεに水分子からプロトンが移動するにつれて水分子のOは基質のカルボニル炭素に近づいていき、最終的には四面中間体を形成する。その過程で水分子とGlu166Oεとの水素結合が解消し、Glu166OεとLys73Nζへと水素結合系の組み替えが起こる。つまりGlu166Oεに移動してきた水分子のプロトンは途中からLys73Nζと自然に相互作用するようになり、最終的には水素結合を形成するのである。この時、Lys73Nζは基質と結合しているSer70Oγと水素を介して相互作用をするようになる。最終的にはSer70Oγと相互作用しているLys73NζのプロトンがSer70Oγへ移り、基質がSer70から脱離することにより反応が終了する。以上の結果よりLys73は脱アシル化反応において、Glu166とSer70との間のプロトンリレーを仲介するという重要な役目を果たしていることがわかる。この一連の反応は3段階反応で、その律速段階の活性化エネルギーは、密度汎関数法(DFT法)レベルで計算したところ、33.1kcal/molであった。
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