初年度は、主に「文化」の概念の捉え方や、異文化の表象のあり方、文化相対主義をめぐる近年の議論、倫理における「文化」の位置づけについて文献収集、整理、分析を行った。その結果、以下のようなことが明らかになってきた。 1)近年の世界状況の大きな変化に伴い、文化の流動性、雑種性、イデオロギー性、文化内部における対立や矛盾の存在、等に注目した、新しい「文化」の概念が発達しつつある。特にカルチュラル・スタディーズ、障害者学、ジェンダー学、クイア・スタディーズなどは、理論的に斬新なモデルを提供している。しかし、それらは固有の地域や言語、民族性などの従来の「文化」の特性さえもたないサブカルチャーも含有しており、生命倫理の場面での応用には細心の注意を必要とする。(例えば、ろう文化。) 2)西洋起源の人権概念の批判的な吟味や、アジア・アフリカなど各地からの多様な倫理観の提唱の中には、普遍主義か相対主義かといった対立から一歩進み、最低限の共通の倫理基準の設定や、対話の重視、寛容性の尊重など、柔軟な思考が芽生えている。(例えば「コミュニケ-トする権利」。) 3)生命倫理の具体的な問題については、文化の事実的側面と規範的側面が混同されたり、ステレオタイプ化された文化比較など問題点のある議論がこれまで多くなされてきている。近年、普遍主義と相対主義との中間地点での解決が模索されているものの、1)、2)のような新しい動きとの連動は、まだ少ない状況にある。
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