本研究は、領主制の根拠とされてきた用水支配の現地での実態を明らかにし、水利開発の主体としての領主の役割を、中世城館の立地と村落耕地の灌漑システムから分析することを目的としている。今年度は、近江国の姉川流域及び野洲川流域を主要フィールドとして設定し、中世の社会構造の根幹にある在地領主制について地理学的アプローチから分析することを試みた。具体的には、まず居館関係発掘報告書や現地での伝承・口碑収集に加え、空中写真を判読し、地籍図を収集して地割及び小字名等を分析することによって中世居館跡を検出した。次に、灌漑水利の概要調査を行い、現況調査に加えて、絵図・文書の検討あるいは慣行聞き取りを行うことによって、旧来の利水形態別灌漑域の復原作業を進めつつある。この作業に際しては、大縮尺地形図と空中写真から微地形を分析し、中世の微地形条件を十分ふまえた利水形態となるように考慮を重ねている。また従来、文献史学の分野で開発領主としての中世武士団の機能を論じる際に、必ず触れられてきた「領主型村落論」について、その典型である関東での中世居館の様相をも概観した。特に、発掘調査により存続年代が明らかであり、かつ水利との関係が指摘されている平地居館を取り上げることとし、静岡県菊川町の高田大屋敷、韮山町の北条氏関係居館などを対象に現地調査を行った。以上のような今年度の調査により、明らかになったことは、居館水堀と村落耕地全体を潤す灌漑水路の有機的連関である。特に、この様相は中世後期における水利開発時に顕著である。用水の管理システムと領主の階層差にも関連がみられ、そこに展開されている空間構造は、河川灌漑・取水利用に規定される当時の社会構造を示しているものと考えられる。領主制の基盤たる当時の村落構造の解明にも踏み込める可能性が期待され、この詳細については次年度に学術論文として詳述する予定である。
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