MAPキナーゼカスケードは、酵母から動物細胞に至るまで高度に保存されているシグナル伝達系で、MAPキナーゼキナーゼキナーゼ(MAPKKK)、MAPキナーゼキナーゼ(MAPKK)、MAPキナーゼ(MAPK)よりなる。近年、動物細胞において新しいタイプのMAPキナーゼカスケード(SAPK/JNKカスケード、p38カスケード)の存在が明らかになっており、これがストレス応答や細胞死(アポトーシス)に関与することが培養細胞などの系で示されているが、このタイプのMAPKカスケードは未だ全容が明らかになっておらず、その機能や役割についても不明の部分が多い。我々はこの新しいタイプのMAPキナーゼカスケードがどのような機能を果たしているのか個体レベルで明らかにする目的で、線虫をモデル動物としてそれを解析することを試みた。まず、SAPKの線虫C.elegansのホモログであるsak-1と、それを特異的に活性化するMAPKKであるsek-2を単離した。つぎに、sak-1およびsek-2遺伝子が線虫のどこで発現しているかについてGFPを用いて調べたところ、どちらの遺伝子もほぼすべての神経細胞で特異的に発現が観察された。つぎに、sek-2遺伝子の機能をあきらかにする目的で、トランスポゾンを用いてsek-2破壊株を作製してその表現型を観察したところ、sek-2破壊株は運動異常の表現型を示し、プレート上をまっすぐ前進できないことが明らかになった。また、線虫はプレート上ではサインカーブを描いて前進・後退するが、sek-2破壊株は通常の野生株と比べて約2倍の振幅のサインカーブを描いて前進.後退した。sek-2破壊株の上記のような表現型は、sek-2遺伝子をsek-2破壊株に導入することにより抑圧された。ここで、sek-2破壊株の運動異常が、神経系の発生・分化などの異常によるのか、それとも神経の機能の異常によるものかについて、ヒートショックプロモーターの下流にsek-2を組み込んだ遺伝子を用いて解析したところ、sek-2破壊株の運動異常が神経の機能の異常によることが明らかになった。 以上の結果から、線虫ではsak-1およびsek-2よりなる神経特異的なMAPキナーゼカスケードが存在し、正常な運動機能に必須の役割を果たしていることが明らかになった。
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