生体の環境ストレスに対する応答は生物の種類で大きく異なる。これまで扱ってきた真正粘菌Physarum polycephalumは飢餓、温度変化、光、化学物質等に対して応答を示す。本研究では、様々なストレス応答の中でPhysarum変形体が示す耐乾燥機構に注目した。多核の巨大アメーバである変形体は、乾燥条件下では約1日でスクレロチウムと呼ばれる耐乾燥体を形成する。このスクレロチウムは非常に安定で数年間の休眠が可能であるが、その形成機構やタンパク質保存機構については全く解っていない。本年度は変形体とスクレロチウムの構成タンパク質の組成と翻訳後修飾の比較を行い、その違いとスクレロチウム形成機構との関連を考察した。 その結果、通常のSDS-PAGEではタンパク質の組成における顕著な変化が認められなかったが、2次元電気泳動による解析ではスクレロチウムの多数のタンパク質の電荷がマイナスに(酸性側)シフトしていた。更に酸性側にシフトしたタンパク質のもっとも含有量の多いものをアクチンと同定した。驚くべき事にスクレロチウムでは全アクチンの60-70%が酸性側にシフトしていた。その酸性アクチンを精製し、アルカリフォスファターゼ処理を行うとアクチンの電荷は本来のものに戻ったので、酸性アクチンはリン酸化状態にあることが示された。次にリン酸化部位を決定したところThr-203が唯一のリン酸化部位であることが判明した。この部位はアクチンの重合に関与する位置であることが分かっているので、リン酸化及び非リン酸化アクチンの重合能を調べた。その結果リン酸化アクチンは重合能を持たないことが明らかとなった。これらのことからスクレロチウムの形成過程ではアクチンのリン酸化をはじめとする細胞骨格の劇的な変化が起こっていることが予想され、耐乾燥メカニズムを明らかにする糸口を掴むことが出来た。
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