皮質脊髄路を構成する軸索の成長と発芽が、発生過程を経過するに従って減弱する現象は、成熟脊髄の中で抑制性の髄鞘関連蛋白が増加する事と相関すると考えられてきた。しかしながら、髄鞘形成の時期よりも以前から発芽が減弱し始める事実から、脊髄の灰白質に存在する成長を促進する分子が減少するか、或いは成長を抑制する分子が増加する事も、皮質脊髄路の軸索伸長を調節している可能性が考えられる。この問題を検討する目的で、生後1日齢のハムスターの大脳皮質知覚運動野の上肢領域を、生後1日齢から3週齢の頚髄から抽出した膜分画上で組織片培養した。皮質由来の神経突起は、幼若脊髄の膜分画上で活発に伸長するのに対して、成熟脊髄の白質および灰白質から抽出された膜分画上では、全く伸長しなかった。縞状に膜分画を分布させた実験系でも、皮質の神経突起は著明に幼若脊髄の方を選択した。さらに15日齢と1日齢の膜分画を混合すると神経突起の成長を阻害した事から、成熟脊髄の白質と灰白質の双方に、抑制性の分子が増加していると考えられた。皮質由来の軸索成長円錐の行動を経時的にビデオ顕微鏡で観察した実験結果も上記の解釈を支持した。すなわち神経突起の伸長を許容するラミニンまたは幼若脊髄膜分画と成熟脊髄由来の膜分画の境界領域では、成長円錐は繰り返し退縮したり、成熟脊髄の膜分画を回避するように伸長方向を変更したり、或いは成熟脊髄の膜分画上では伸長速度が著しく減速する事が判明した。これらの結果から、皮質由来の神経突起に対して、発生過程の脊髄が次第に抑制するようになる原因として、脊髄の白質に存在する髄鞘に関連した分子のみならず、灰白質にも抑制性の分子が存在し、皮質脊髄路軸索の成長円錐を誘導している可能性が示唆された。
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