生体は活性酸素などの酸化ストレスにさらされているが、細胞はグルタチオン等の細胞内還元物質や抗酸化酵素により酸化還元(レドックス)状態を還元状態に保持している。本研究では細胞の「生と死、分化、増殖」に連関した細胞内シグナル伝達系のレドックス制御システムの解明を目指して、とくに神経成長因子(NGF)及び上皮成長因子(EGF)のシグナル伝達系に関する解析を遂行した。H_2O_2で細胞を処理するとEGFレセプターのチロシンリン酸化が誘導された。一方、H_2O_2の単独の処理ではNGFレセプター(TrkA)のリン酸化が誘導されることはなかったが、NGFによるTrKAの活性化をH_2O_2は顕著に促進した。H_2O_2によりこれらのレセプターの脱リン酸化反応が阻害されることがら、酸化ストレスは細胞内においてチロシンホスファターゼの活性を阻害することによりこれらのレセプターチロシンキナーゼの活性化を誘導すると考えられた。一方、還元剤N-アセチルシスティン(NAC)やDTTで細胞を処理したところ、NGFによるTrKAの活性化及びEGFによるEGFレセプターの活性化が抑制され、ShcやGrb2との会合によるレセプター複合体の形成が阻害された。さらにDTTはEGFとEGFレセプターの結合を阻害することによりレセプターの活性化を抑制していたが、NACはEGFがEGFレセプターと結合した後のレセプターキナーゼの活性化を抑制することが見いだされた。NACは細胞から抽出したEGFレセプターの活性化を阻害することはないことがら、細胞内レドックス感受性機構を介してNACはEGFレセプターの活性化を抑制すると考えられた。すなわちレセプターチロシンキナーゼはリガンド結合、および細胞内における脱リン酸化反応と、細胞内のレドックス感受性機構を介した多重のレドックスによる制御を受けていることが明らかにされた。
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