数千・数百億の神経細胞から構成される脳は、認知、思考、感情、意思といった複雑な高次機能をつかさどる器官であると古くから考えられてきた。特に海馬体(hippocampus)は記憶をつかさどる部位として多くの研究者たちにより研究されてきた。そして海馬の特定のシナプスを繰返し電気刺激すると、刺激の応答が長期に渉って増大するという長期増強(LTP=Long-Term Potentiation)が報告されている。また、Hebbは「細胞間の信号の交信は、同時に発火した細胞間でシナプス結合が強化され細胞が集団化することで生じ、これこそが学習や記憶の細胞レベルの機序であるという」、ヘップ則を提案した。海馬のCA1領域のLTPはこのヘップ則に従うものであり、そのためLTPは学習・記憶の電気生理学的モデルであると信じられている。LTPの生理学的実体については「サイレントシナプス説」に見られるようにシナプス部位の限局した変化であると考えられてきた。ところが、E-S potentiationのようにシナプス部位の限定した変化だけでは説明し得ない現象も存在している。そこで、本研究では樹状突起の信号伝達特性の指標として「ケーブル特性」を用いLTP誘導に伴う、その変化について検討した。高頻度電気刺激によりLTPを誘発し、CA1錐体細胞の樹状突起沿いに配置した多点電極からEPSPを記録することにより樹状突起の電気的特性を解析した。8×8個のガラス基板上に配置した多点電極から細胞外記録を行い、シナプス入力部位の近位と遠位でEPSP勾配の変化を求め、電気緊張的距離で減少していく過程をLTP形成の前後で検討した。その結果、海馬CA1錐体細胞の樹状突起では、高頻度刺激に伴う長期増強現象の発生により樹状突起でのケーブル特性変化は空間定数の増加をもたらし、信号伝達特性が上昇することが示された。即ち海馬CA1錐体細胞の樹状突起では、高頻度刺激に伴う長期増強現象の発生により樹状突起でのケーブル特性は空間定数の増加をもたらし、信号がより遠方まで伝わるようになった。更に長期増強により増大したEPSPは、樹状突起全体で一様に増大するのではなく、シナプス伝達の増強が起きたシナプス部位よりも遠位でその程度が大きかった。
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