研究概要 |
脳は複数の複雑な神経回路網がある機能単位で組織化されることにより、学習、記憶あるいは情動といった高次機能を生み出していると考えられる。本研究は小脳を研究対象とし、高次機構の基礎にある過程(シナプスの可塑性)を分子レベル明かにしょうとしている。私は、これまで小脳顆粒細胞-苔状線維間のシナプスに着目してシナプスの可塑性の研究を進めてきた。その結果、ニューレグリン(NRG)と呼ばれる多機能性分化増殖因子が、ある特定の神経活動下、NMDAレセプターの遺伝子発現を制御し、顆粒細胞-苔状線維間のシナプス形成と維持に重要な役割を果たしていることを発見した(Nature,1997)。この効果はニューレグリンのβ1型に強くみられ、α型にはβ型の1/100以下の効果しかみられなかった。また、NMDA受容体のアンタゴニストであるAP5はNMDAレセプター(NR2Cサブユニット)の発現をブロックすることから、NR2Cの発現にはニューレグリンだけでなく同時にNMDA受容体を介した特異的な刺激が必要であることも明らかになった。小脳におけるNMDAレセプターNR2Cサブユニットの発現は、生後小脳後方より前方に向かってゆっくりグラジュエントに進んでいく。この発現パターンとこれまで我々の実験結果からNR2C遺伝子はシナプス活動により修正可能な発現様式をもつ遺伝子群の一つと考えられた。更にNRGのレセプターであるErbB(ErbB2〜4まで存在する)の小脳での発現状態を解析したところ、NMDAレセプターの遺伝子発現にはErbB2とErbB4が、シナプス形成の後期にはErbB3が重要な働きをしていることが示唆された。(Neurosci.Res.,1998)。また、私は神経活動が神経回路網の決定と維持に重要な役割を果たしていることを証明してきた(J.Neurobiol.,1997 ; Nature,1997)。シナプス形成後に神経回路網が組織化されていくと考えた場合、(神経回路網の組織化が神経回路網決定の前に起きると考えたとしても)NRG-ErbB経路の活性化と神経活動は高次機能を決定する上で鍵となる現象であると考えられた。
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