霊長類において下側頭連合野TE野および側頭葉腹側部(側頭極皮質・嗅周囲皮質・海馬傍回など)が視覚の認識や記憶に重要であることが示されてきている。本研究の目的は、神経生理学的により詳細に側頭葉腹側部の機能を明らかにすることである。本年度はまず、各領域におけるニューロンの基本的な視覚応答の性質を明らかにすることに重点を置いた。手順は以下の通りである。 サルがディスプレイ上の小さなスポット(注視点)を注視している間に視野内のさまざまな位置にスリット・円・正方形・十字などの単純な刺激や螺旋図形・星形・カニッツァの三角形など中程度に複雑な図形を提示し、a)受容野の性質、b)方位選択性、c)方向選択性、d)色選択性、e)図形選択性等を調べた。現在までに得られたデータから、側頭葉腹側部においてその前方部(側頭極皮質・嗅周囲皮質)と後方部(海馬傍回)とで視覚応答の性質の違いが示唆されてきている。1)後方部には、単純な視覚刺激に応答を示すニューロンが多く存在した。2)受容野の大きさは、視野中心に限局したものから用いたディスプレイすべて(50×70度以上)をカバーするものまでさまざまであった。多くのニューロンは記録している半球と反対側の視野に提示した刺激に強く応じる性質を示した。以上のような特徴は前方部のニューロンとは異なる性質であると考えられる。前方部はおもに下側頭連合野TE野から投射を受けているのに対し、後方部は前頂連合野・帯状回・前頭連合野などとの結合が比較的強い。また、前方部の破壊では物体の遅延非見本合わせ課題の成績が障害されるが、後方部の破壊ではそのような障害が見られない。これらの結果と合わせ考えると、後方部のニューロンはより空間視の機能に関与している可能性がある。
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