本研究においては、光駆動プロトンポンプであるバクテリオロドプシンや視物質であるロドプシンを対象として、生体での構造と機能との相関を明らかにすることを目的とした。特に偏光法、時間分解法といった新たな手法を赤外分光法に導入し、水分子の角度情報や低温では捕捉できないような中間体の構造解析を目指した。その結果、以下のような成果が得られた。 偏光赤外分光を用いてバクテリオロドプシンの活性中心に存在する水分子の構造解析を行ったところ、プロトン移動に不可欠な水分子は蛋白質内部で特定の配向をしており、その変化がプロトンポンプをもたらすことが示唆された。さらに異性化に伴う蛋白質の側の構造解析を行った結果、異性化反応に伴う発色団の構造変化によって、水分子を含む水素結合ネットワークに大きな歪みが生じていることがわかった。一方、バクテリオロドプシンがプロトン輸送の方向性を発現するためには、蛋白質内部に方向性を規定するスイッチのようなものが過渡的に生じることが必要であろう。我々は最も大きく構造変化をした中間体であるN中間体における水分子の構造変化を測定することに成功し、さらにN中間体に対する偏光赤外分光から、スイッチに伴う蛋白質骨格の構造変化に現れる新しい振動バンドを見出した。またシステインのS-H伸縮振動が他の振動から離れた領域に存在することに着目し、水素結合ネットワークの動的な構造変化のプローブとして、システインの導入を提案した。新たに導入した時間分解赤外分光法からは低温では捕捉できないO中間体を捉え、特有の蛋白質部分の構造変化を明らかにした。さらに発色団レチナールの変化から遅延した蛋白質部分の変化を見出した。4ナノメーター程度離れた膜の間をプロトンを輸送するためには協奏的な蛋白質の構造変化が要求されるが、このような時間的な遅延は構造変化の因果関係を考察する上で重要な知見を与えるものと考えられる。 視覚の光センサーであるロドプシンは、超高速異性化を行う結果高い光感度を得ていることが知られている。我々はフェムト秒アップコンバージョン法を用いて、ロドプシンからの蛍光をはじめて実時間で捉えることに成功した。また赤外分光法を用いて活性中心や細胞質側領域に水分子が存在することを明らかにした。視物質であるロドプシンの機能は、光によってG蛋白質を活性化することである。我々は複合体の形成に伴う赤外スペクトルの変化を捉えることに成功し、さらにトランスデューシンにおける相互作用部位であるC末端のペプチドを用いて同様の測定を行うことにより、ロドプシンとトランスデューシンに由来する信号を帰属した。
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