コンピュータによる言語分析や言語理解過程の研究が進められている今日、構文を解析し、辞書を参照し、意味を再現する能力だけでなく、その発話から意図や目標や感情を推論したり、その先を予測したりする能力が必要である。特に、「察しの言語」とも言われる日本語の発話の理解過程を深く知るためには、語用論的観点から言語行動における発話者の心的態度がいかに認知されているかに着目する必要があろう。単文レベルの言語表現だけでなく、談話レベルで、そこに潜む話者の心的態度に着目して言語行動に表れる心のありようとその認知について、実験的手法も用いて検討した。 まず、様々な言語行動分析の文献を検索することによって、言語行動研究の現在を概観したところ、状況に応じた表現の用い方を調べる記述的調査が中心であり、その表現の聞き手の捉えられ方及びその認知過程を実験的手法で検証されていないことが明らかになった。 それを補うべく、依頼と断りの言語行動を中心にして、談話の聴取実験によって、談話の評定を行い、談話展開の仕方や発話意図の前ぶれや音韻的要素などの諸要因が抽出できた。すなわち、我々がある目標を遂行するには、その意図に従って談話を展開させながら、談話全体でその目標に到達しようとしており、どのような談話構成要素つまり意味形式(semantic formula)から談話が成り立っているか、さらにそれら構成要素の提示順序によっても、談話全体として伝達される意図・ニュアンスは異なり得ること、音韻的要素も含めて、発話意図の前ぶれが機能している点も明らかになった。談話レベルで言語行動の認知を検討することは、日本語学習者が直面する発話上の問題にも示唆を与え得ると考えられ、コミュニケーション教育の一助となるであろう。
|