研究概要 |
人間と機械との係わりに関する研究では,ヒトの感覚機能を丹念に調べ,ヒトと親和性のあるヒューマンインタフェースを設計する姿勢が不可欠である.本年度は,昨年度におこなった研究(指先位置に関する視覚情報の有無が触運動知覚に与える効果を定量化する)を発展させ,複合現実感(MR)の環境下における体性感覚ディスプレイシステム(触覚ディスプレイやハブティックディスプレイ)構築のための設計指針を得る基礎研究を行った.MRとは,現実空間に仮想物体を違和感なく呈示する新しいバーチャルリアリティ技術のひとつである.例えば,3次元医用画像を人体に投影し,その仮想映像の患部に向かってメスを入れるコンピュータ支援手術技法への応用が試みられている.しかし,このようなMR技術を利用した場合には,特に仮想物体の奥行き知覚に大きな誤差を生じることが問題となっている.本研究ではSee-through HMDにより仮想物体を実環境に重ね合わせながら行う作業を想定し,視覚と触覚(体性感覚)の統合化を利用して,MR空間における奥行き知覚の精度の向上を図ることを目指した.以下に,実験方法と結果について述べる.まず,両眼瞳孔間距離の個人差に起因する視覚による奥行き知覚ずれを少なくした上で,どの程度の精度で手指を仮想物体の位置へ移動できるかを心理物理学的手法で調べた.その結果,実物体である手指と仮想物体との間で,最大で手前側に4cm,奥側に1cmと大きな知覚ずれを生じることが明らかになった.次に,仮想物体の位置に手指が到達したときに振動や接触などの触覚刺激を与えることにより,奥行きの知覚ずれをどこまで減少させ得るかを調べた.その結果,触覚刺激を呈示する奥行き位置と視覚を通して見える仮想物体の位置が同じでなくても視覚と触覚が統合して知覚させられることがわかった.従って,この触覚情報と視覚情報が統合する範囲内で,複合現実感技術による作業を遂行すべきであり,体性感覚ディスプレイシステムの構築にはこれらの知覚ずれや感覚統合作用を考慮する必要のあることが分かった.
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