現生人類の起源に関しては、アフリカ単一起源説と多地域進化説の両仮説はよく知られている。東南アジア地域は、ワイデンライヒによる北京原人の研究以来、後者のいわば牙城となっている地域である。また、ジャワ原人とオーストラリア先住民頭蓋形態の間には連続的な地域固有形質(分岐系統学的共有形質)が認められると言う。例えば、前頭部及び顔面の平坦性、突顎性、眉弓の発達程度などはよく引き合いに出される形質である。そこで、今年度の研究では、これらの形態の地域性を世界116集団を対象に分析した。その結果、メラネシア集団を含むオーストラリア先住民に比較的特徴的な形質は、著しい眉弓の発達のみであり、この形質も例えばポリネシアのイ-スター島民や新大陸最南端のフエゴ集団にも認められる。前頭部の平坦性、突顎性はサハラ砂漠以南のアフリカ終端の特徴でもあり、決してオーストラリア集団に固有な形質とは言えない。顔面部の平坦性に関しては、オーストラリア集団は東アジアをその起源とする集団中ではかなり立体的であり、新大陸の集団も立体的な顔を有している。全体的に顔面が平坦なのは北東アジアの集団であるが、これに続く集団は東南アジアとサハラ砂漠以南のアフリカ集団であった。さらに、ここで扱った形質についは、形質の地理的勾配が認められた。これらの結果は、多地域進化説が主張するような地域固有形質が、現生人類集団には認められないことを示す。特にオーストラリア先住民とサハラ砂漠以南のアフリカ集団との類似性は、新人のアフリカ単一起源説を支持するものである。現生人類の形態的変異の分布からみると、多地域進化説で主張される形態が、決して数十万年のオーダーで安定したものとは見なせないことも単一起源説を支持する傍証となるものと思われる。
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