進化過程において種が形成され、そのまま種として維持されるには、もとの種と派生しつつある種との間で、遺伝子の交流を防ぐ機構としての隔離が必要不可欠である。アナナスショウジョウバエ類(Drosophila ananassae complex)の近縁な2種であるD.ananassaeとD.pallidosaは同所的に生息しているが、交配後隔離が発達していないため、妊性のある雑種を形成する。これらが種として存続するには、性的隔離が必要不可欠であり、求愛歌が重要であることが示唆されている。本研究では、種間交配において、雌による求愛歌の受容・識別行動を明らかにし、その分子遺伝学的基盤に肉迫することを目標とした。D.ananassaeとD.pallidosaとが同所的に採集された3地域の系統をそれぞれ用い、種間および種内交配を行なった。2種ともに、別種の求愛歌がある時(正常な雄)は、求愛歌がない時(翅を切除した雄)よりも交尾率が低下した。配偶行動を詳細に記録したところ、別種の翅あり雄(求愛歌あり)を用いたとき、雌は必ず両翅を左右に振動させ、その直後に、雄の求愛が中断した。別種の求愛歌がある時、雌が雄を拒絶し、雄の配偶行動が抑制され、結果として、交尾率が低下したと推定された。雄の求愛歌を録音し、分析したところ、これまで他の種で重要と考えられてきたパルス間間隔(求愛歌のパラメータのひとつ)は本2種では重要でなく、バーストの長さとパルス内サイクル数、パルスの長さが有意に異なり、種特異的なパラメータであった。以上の結果から、雌による求愛歌の受容、識別を行動のレベルで明らかにし、雄の発する求愛歌の種特異的なパラメータを見つけることができた。これにより、人工求愛歌の生物検定が雌の行動のレベルで解析できるようになった。この生物検定法により、分子遺伝学的なアプローチが可能になると考えられる。
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