日本および東アジア産のカラスアゲハのミトコンドリアDNAのND5遺伝子の一部分約800塩基の配列を決定し、それを用いて系統樹を作成した。カラスアゲハ(P.bianor)は大きく2つのクレードに分かれる。一方のクレードはさらに中国南部亜種(P.b.bianor)・台湾亜種(P.b.thrasymedes)・台湾蘭嶼亜種(P.b.kotoensis)・クジャクアゲハ(P.polyclor)を含むグループと八重山諸島亜種(P.b.okinawensis)のグループの2つに分かれる。他方のクレードは朝鮮・日本本土亜種(P.b.dehanii)・トカラ列島亜種(P.b.tokaraensis)・八丈島亜種(P.b.hachijonis)を含むグループと奄美諸島亜種(P.b.amamiensis)・沖縄諸島亜種(P.b.ryukyuensis)を含むグループの2つに分かれる。カラスアゲハは計4つの系統に大きく分かれることになる。中国南部各地・台湾諸島産の各例体には互いに5塩基以内の違いが見られるが、朝鮮・日本本土亜種(P.b.dehanii)では韓国から日本各地、サハリンの全ての個体で塩基配列の違いがない。トカラ列島産(P.b.tokaraensis)、八丈島産(P.b.hachijonis)の個体の塩基配列もdehanii亜種と同じである。UPGMA法による系統樹より、カラスアゲハの4つの系統が分かれた時期は列島の成立時まで溯る(400万〜500万年前)。またdehanii亜種は中国東北部・朝鮮半島に分布していたものが、氷河時代に陸橋となった対馬海峡から日本本上をサハリンまで急速に分布を広げた(25万年以内前)と推測できる。クジャクアゲハ(P.polyctor)は中国南部、台湾緑島産のカラスアゲハ(P.b.bianor)と塩基配列が完全に一致したことから、カラスアゲハと同種であると結論できる。クジャクアゲハの一部の亜種はカラスアゲハと同種とは思えぬ翅紋を持つが、その翅紋の変異(変化)は非常に短い時間(25万年以内)に起こったことを示している。
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