日本近海産の造礁サンゴ類と共生するサンゴガニ科Trapeziidaeのカニ類は、従来の記録によれば、サンゴガニ属Trapeziaの8種とヒメサンゴガニ属Tetraliaの1種である。これらのカニ類は石サンゴ類、とくにエダミドリイシ類Acroporaの枝の間に雌雄で生息している。大きな群体には数対がすみついているが、異種のカニ類が同一のサンゴ群体に同居していることはない。これらのいわゆるサンゴガニ類の体は薄く、甲面は陶器のように平滑であるが、これらの特徴は枝の間で生活するための適応と考えられる。一方、はさみは体の大きさに不釣り合いなほど大きく、切断縁が鋭い刃状であること、また、歩脚の先端がカップ状であることは生態および食性と関連した特徴である。すなわち、サンゴガニ類は歩脚でサンゴ虫の粘液をこすり取って食べるが、これはごみを除去することになり、また、サンゴを食害するオニヒトデの管足や棘をはさみで切り取ったり、折ったりしてサンゴの天敵を追い払うが、これは自分のためでもある。 琉球列島各地のサンゴ礁で生時のサンゴガニ類を観察すると、上記の2属9種よりも明らかに多くの色彩型を区別することができる。成長段階による色彩変異と考えられる例もあるが、種あるいは亜種として区別できるのではないか思われるものもある。ヒメサンゴガニでは、幼個体は甲面の大部分が黒っぽいが、成長とともに黒色部が退縮し、成体では額縁だけが黒い。ヒメサンゴガニ属は額縁に歯がなく、甲の側縁が一様に弱く湾曲しているが特徴的で、サンゴガニ属との区別に問題はない。その色彩に基づいて多くの亜種、変種として命名された学名があるが、それらの色彩は言葉で表現されているだけであり、今回琉球列島で採集した標本との異同を明らかにするのは容易ではない。現在、研究室に持ち帰った標本について色彩と形態に基づく分類学的研究と文献との照合が進められている。
|