近代日本における「宗教」概念の成立過程に圧倒的影響を及ぼしたのは、西洋「文明」諸国とその宗教であるキリスト教であった。西洋文明の価値観およびキリスト教に合致しない宗教は野蛮な未発達宗教あるいは迷信とみなされ、キリスト教を頂点とする進化階級の下位に位置づけられたのである。そのため、日本の諸宗教は、西洋的、あるいはキリスト教的価値規範と合致するように自己編成をおこなってゆき、仏教はかなりの成功をおさめるにいたり、その一方で民間信仰は迷信として弾圧されることになる。問題は天皇制と結びついた神道の位置づけであり、キリスト教的規範に合わず、むしろ民間信仰に近い性質をもつ神道は、キリスト教の下位に立つことをさけるために、「宗教」という範疇に属することを拒否し、その外部に「道徳」として存立することを選んだ。そして、宗教=私的領域/道徳=公的領域という分割区分が成立するようになるが、明治10年代半ばより、進化論が流行しはじめ、宗教は西洋文明のなかでも遅れた蒙昧な領域と目されるようになり、科学と乘離するようになる。そして、道徳という公的領域が科学と結合するようになり、非宗教的分野として学問領域が成立する。その最たるものが国民道徳を開明する任をもった国文学、国史学であり、私的領域に隣接したのが宗教を科学化させた宗教学であった。
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