非団体的な性格を特色とする専制国家体制の下における中国社会の特性が、社会の一部であるところの中国経済、とりわけ商業のあり方をどの様に規定しているかの分析が、本研究の課題である。本年は、流通の構造的・質的側面を解析するために、流通を構成する客商・座買・牙人・船戸・銭舗といった諸主体の存在形態の解明の基礎作業を行った。具体的には、社会末端の状況を示す資料として有効な刑案・小説・碑文などの特殊史料の調査・蒐集を行い、また前近代資料よりも分析精度の高い中華民国期の中国人と日本人による実態調査類、及びヨーロッパ人の見聞資料の蒐集をすすめた。これらの資料と併せて既に刊行されている地方档案資料を整理し、分析作業を開始した。 全体として、社会的な合意事項が団体的に確定するとこの困難な中国社会においては、社会の諸機能が分業的に確定することが困難であることが、中国型の商業を分析する際の基本的な分析原理となるとの見通しが得られた。一例をあげるなら、座買・牙人の分析からは、団体的規範確定、分業的機能分担の困難な下では、資本と労働の截然たる分離が困難であり、中国商業に広く見られる合股や包の慣行は、こうしたことの表現であることが明らかになった。こうした成果の一端は、『専制国家史論』(柏書房、1998年刊)でも発表した。
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