明治30年代の新聞小説の読者層について、主に以下のことを考察した(小森陽一ほか編『メディア・表象・イデオロギー』所収論文「『金色夜叉』の受容とメディア・ミックス」参照)。 1.ベストセラ-という現象は、作品それ自体の内在的な価値のみによるのではなく、他のジャンルを横断するかたちで作品が流通することによってもたらされる。そのようなメディア・ミックスの効果として幅広い読者の支持を獲得していく過程で、とりわけ明治から大正にかけて中心的な役割を果たしてきたのは、新聞小説と演劇の関係であった。その典型的な事例を、尾崎紅葉の『金色夜叉』に見出すことができる。 2.『金色夜叉』が『読売新聞』に断続的に6年間にわたって連載された間に、読者がどのような反応を示したかを、『読売新聞』の投稿欄「はがき集」を調査・分類した。そこには作者と読者、あるいは読者と読者の緊密な関係が結ばれていたことが浮かび上がってくる。また、作者と読者とをともに方向づけていく力として、メディアが大きな作用を及ぼしている。 3.『金色夜叉』の演劇化の動向を調査した結果、メディアを横断ながら、より多数の読者・聴衆を巻き込んで受容が拡大されていく過程が明らかになった。さらに、そのメディア・ミックスの基盤を支えている重要な要素としては、新聞小説のリアリティを、写実的な表現によりもむしろ芝居のような生動的な表現の中に感じ取る、当時の読者の感受性の問題があると考えられる。
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