明治30年代の文学雑誌の読者層について、主に以下のことを考察した。 1 明治後期に発行された文学雑誌の出版社の事業展開、編集方針、印刷・宣伝に関わる経費、販売制度、利益等を調査した。雑誌の発行は、日清戦争以後に急速に拡大するが、それでも経営的な面から言えば、薄利多売方式をとる博文館以外は、さほど利益を得られないでいた。そのような状況にあって発行されていた文学雑誌のいくつかは、非営利的な性格を打ち出していったと考えられる。 2 文学雑誌のなかでも、読者の投稿を中心とするものについて、投稿の内容的な推移、寄稿家・愛読者・編集者・選者等によって組織される誌友会の活動状況(開催地・参加者数・構成員の職業・年齢・教育水準など)を整理し、その読者層の実態について検討した。投稿誌の読者にとって、雑誌に掲載されている作品を読むことは、書くことへの欲望を喚起する。そうした読むことと書くことの連鎖によって繰り広げられる自律的な場が、彼らに文化的なアイデンティティをもたらすことになる。 とはいえ、文学青年たちの存在は、当時の総体としての青年層からすれば、ごくかぎられた勢力にとどまる。文学読者層を一面的に捉えるのではなく、読者と読者の間に、そして文学青年と非文学青年、小数者文化と大衆文化との間にどのような分割線や対立が新たに設定されていくのか、そのなかでいかなる主体が構築されていくのかを今後の課題としたい。
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