明治後期の読者と読書について、主に以下のことを考察した。 1 印刷による活字文化は、語り物における直接的な対面状況とは異なり、作者と読者の関係を間接化し疎遠なものにする。その作者と読者の距離を乗り越えようとして作者や出版者がとるさまざまな方策には、文学の生産と享受のあり方が反映している。そうしたあり様について、尾崎紅葉の文学の展開を軸として、書物や雑誌の価格、判型、装丁、広告といったテクストの物質的な形態、およびテクストにおける語りの手法などから跡づけた。 2 新間・雑誌における挿絵と小説の関係、およびそれに対する読者の反応を調査した。挿絵は読者の物語世界への想像力を増幅する。通説では、活字文化の成立とともに、音読から黙読ヘ、集合的なものから個人的なものへと読書の仕方が変化するとされるが、それは必ずしも一方が他方に取って代わるわけではなく、黙読や個人的な読書の場合にも、読者たちは想像的な連帯感を共有している場合があり、挿し絵はその中心的な契機になっていたと考えられる。また、文学の読者層の裾野を広げるうえで、挿絵は少なからぬ役割を果たしている。 今後の展望としては、読者層の社会的な構成と読み書き能力との相関関係、読書という行為の基盤となる日常の生活習慣の変化などについて明らかにしていく必要がある。そのためには、近世〜近代〜現代にわたる長期的な動向を視野に入れた検討が不可欠となる。
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