本研究は人間の言語計算機構の最適性を局所経済性の観点から明らかにし、同時に統語構造と意味構造の対応関係を適切に関係づけることを目指すものであった。前者については言語計算に関わる最適化原理が次のように定式化されるであろうと結論づけた。 (A)最大化原理:照合する素性の極大値を求めよ。 (B)最小化原理:照合に要するコストの極小値を求めよ。 言語はこれらの要請を同時に満たす極値計算を強いるものであり、ゆえに言語は厳密最適解ではなく準最適解に妥協する生体システムにあって特異的であると言える。一方、大域経済性を局所経済性に還元した後に浮上する課題は、局所経済性をより根元的な説明装置に還元することであって、本研究はその問題設定を行ったともいえる。後者の目標については、例えば「語彙論者仮説」が維持不可能であるとの示唆が既に他の研究者によってもなされているが、本研究はこれよりさらに進んで、語彙的動詞も統語的に派生されその意味表示も統語構造によって賄われると論じた。この見通しに、例えば形容詞受動態と動詞受動態の相違を語彙的か統語的かの区別に拠らずに捉える等、その経験的守備範囲を拡張することで実質的な裏付けを与えることが今後の課題である。これらに加えて、本研究はまた、極小モデルに拠る言語研究を自然科学全体の中で適切に位置づけ、もって言語学と諸科学の収束に寄与するための準備的考察を行う機会でもあった。自然物の最適設計を、安易な適応論や機能主義に訴えることなく物理的法則によって説明する、という理念がそのような収束をもたらすと考え、特に生成文法的言語観と進化生物学的言語観の間の対立を氷解させる上で意義のある洞察を多く得るに至った。
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