研究概要 |
(1) 春闘は,これまで日本の賃金交渉制度として安定的に機能してきた.だが,近年,春闘から離脱する企業が現れたり,交渉方式を見直す組合が出てくるなど,明らかに根本的転換期に入っている.本研究の目的は,《実験的》・《実態的》・《事例分析的》調査方法を駆使して,賃金交渉制度としての春闘の現状とその将来展望を明らかにすることにある.その際,本研究のもっとも特徴的な点は,春闘当事者である労使の賃金交渉責任者や組合員個人に対してアンケート調査を行い,春闘の現状と変化方向を厳密に把握するところにある. (2) 本年度は,昨年度の《事例分析的》聞き取り調査の成果に立脚して,《実態的》アンケート調査を実施した.幸いにして,労働組合員3万サンプルを対象として賃金やその他の処遇制度に関する大規模アンケート調査を実施する機会を与えられた(回収数は20,761人).このため,実態的アンケート調査の対象を企業の労使から組合員個人へと変更し,本研究とリンクさせることにした.なぜなら,労使が交渉し妥結した賃金を受け取る一般組合員が,その賃金に対してどのような態度をとるのかをみることができるため,研究上きわめて有益だからである.この個票データの解析により,以下の点が明らかとなった.第1に,同一企業内で同一属性をもつ従業員間で上下17%(30歳)から25%(40歳)程度の賃金格差が発生している.第2に,こうした格差は,民間部門を中心にここ数年で拡大してきており,また労働者もそうした格差の拡大を受容してきている.第3に,賃金比較の対象は同一企業の同一属性の労働者がもっとも多いものの(49.9%),同業他社の同一属性の労働者という回答も少なくない(24.0%).以上の結果は,人事管理の個別化の結果として,平均賃上げ額を交渉する制度としての春闘の意義は低下せざるを得ない反面,個別賃金レベルでの準拠枠組みの存在や世間相場形成の可能性を示唆しており,春闘の今後にとってきわめて興味深いと思われる.
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