球状蛋白質リゾチームには、いくつかの結晶多型があることが知られている。中でも、同一の結晶母液の保存温度を変えるだけで、25Cを境にして、低温側では正方晶、高温側では斜方晶の結晶が生ずることが、Jollesらによって報告されている。このことは、この温度域を境にして、蛋白質のコンホメーションに変化が起こることを示唆するものとして興味深い。本研究の提案の段階ですでに、われわれは、リゾチームの結晶および水溶液の示差走査熱量測定を行った結果、通常観測される熱変性温度における吸熱以外に、より低温度域に小さいけれども熱変性とは独立した吸熱性の転移が存在することを見いだした。しかし、この転移のエンタルピーは、非常に小さいことに加えて、複雑な熱履歴を示すもので、熱測定の精度と確度の向上をはかり確実な実験結果を得ることが必要であった。そこで本研究では、装置の持つ特性にも注意をはらって系統的な高感度示差走査熱量測定を行った結果、リゾチームの結晶および溶液いずれの状態においてもこの前転移の存在を確認することができた。さらに、その熱履歴の特性も明らかにすることができた。即ち、これらの前転移は、水を十分に含んだ結晶または溶液では30-50℃の温度域にあること、また結晶では、含水率の低下とともに高温速度側に移動することなどがわかった。また、この転移は、顕著な熱履歴を示すが、その履歴は、熱変性温度以下ではほぼ可逆であるが、熱変性により消失することも、あらためて確認できた。これらの熱測定とあわせて、NMRシグナルの温度変化の測定も行ったが、前転移の前後でのコンホメーションの変化についての研究は現在進行中である。
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