研究概要 |
これまでの研究で、我々は、北海道渡島地方および奥尻島の放牧牛から採取した血液材料をウシ置き換えSCIDマウスに接種する方法により、いくつかのBabesia ovata分離株を得ることに成功した。これらの分離株は、いずれも、原虫の形態的特徴・病原性・媒介ダニなどの点からは区別できないが、虫体の抗原性状ならびにゲノムDNA塩基配列の点ではかなりの多様性が見られた。また、同一ウシ個体から異なる時期に分離された原虫や、さらには、一つの原虫寄生血液サンプル中ですらも、抗原性ならびに遺伝性状の異なる複数の原虫サブポプレーションが存在することが判明しつつある。本研究の目的は、B.ovataに見られるこのような多様性をより詳細に調べ多様性獲得のメカニスムを解析することであり、まず、その第一段階として、多型性を示すマーカー遺伝子をできるだけ多く収集することに専念した。現時点までに、SpS7,merozoite surface protein,spherical body protein,roptory associated proteinなどの多型性を示す遺伝子、ならびにsmall subunit ribosomal RNA,actin,β-tubulin,elongation factor-2などのいわゆるハウスキーピング遺伝子(コントロールとして)をクローニングすることに成功しており、これらの遺伝子の全塩基配列を決定中である。一方、これまでに得られているB.ovata分離株の多くが複数の原虫からなる混成集団であり、このことが個々の原虫サブポプレーッションについての解析を非常に複雑で困難なものとしていた。そこで、我々は、マイクロキャピラリーを用いて実体顕微鏡下で一個の感染赤血球を拾い、これをウシ赤血球置き換えSCIDマウスに接種して増殖させる方法を開発し、これにより、Babesia ovataの原虫クローンを得ることに初めて成功した。複数の原虫クローンを分離し、それらのゲノムDNAについて、上記の遺伝子マーカーをプローブとしたサザンブロット解析を行なうことにより、混成原虫集団内の個々のサブポプレーションに相当すると考えられるいくつかの原虫クローンを樹立することができた。原虫の多様性が生じるメカニズムとして有性生殖ステージにおける原虫相互での遺伝子の組み換えが関与している可能性が考えられる。今回得られた、遺伝子マーカーならびに原虫クローンは、その可能性を証明するための極めて有用な道具となるだろう。
|