研究概要 |
脊髄損傷は,重篤な運動・知覚障害を引き起こす難治性疾患のひとつで,病態の解明および的確な治療法の確立が急務である.本年度は,1)脊髄損傷後の二次的障害要因の鍵を握るグルタメート毒性,ラジカル発生の果たす役割を明らかにし,本病態の細胞傷害過程とその修復,再生の可能性についての理解を得るとともに,また,2)有用な薬剤の臨床応用に向け基礎的基盤を得ることを目的に検討を行った. 雄SDラット(300-350g)を用い,1)脊髄圧迫,および,2)脊髄虚血モデルにおける病態生化学的,分子病理学的検討を行った.その結果,1)脊髄圧迫(腰部硬膜外バルーンの1分間膨張)後,脊髄マイクロダイアリシスによりCSF-グルタメートが著明に増加することが明かとなり,これは観察した4時間まで持続した.脊髄圧迫後4時間で灌流固定すると,損傷周辺部(脊髄介在ニューロンと運動ニューロン周辺の小型細胞)でapoptosis(TUNEL染色)がみられ,また一部では細胞の早期変性(Nauta染色)が認められた.これらの障害は,ラジカル捕捉剤(アストログリアへの再吸収機構の改善)および軽度低体温(低酸素性脱分極の軽減,NMDA受容体活性の抑制など)で抑制された.したがって,脊髄の機械的あるいは虚血性損傷後には,刺激あるいは低酸素に起因した細胞脱分極によると思われる過剰な興奮性アミノ酸放出が起き,細胞内シグナリング-核内プロセス変調からDNAの断片化をもたらし,機能障害を引き起こすものと考えられる.このことは,ラジカル捕捉剤および軽度低体温がこれらの病態に有効であったことからも,脊髄損傷後の二次的障害因子に興奮性アミノ酸の過剰亢奮を引き金とする生化学カスケードが重要に関与するものと示唆される.一方,2)脊髄虚血後の細胞障害の治療に1)で検討したラジカル捕捉剤および軽度低体温のほか,胎児脳幹部の脊髄移植術による機能回復の可能性を検討している.まだ結果は得られていないが,仮説として,モノアミンを豊富に含有する脳幹部組織には栄養因子合成誘導作用が期待される.したがって,神経-免疫回路,すなわちマイクログリア,アストロサイト,サイトカイン変動の免疫組織学的追跡により,その可能性を明らかにすることを目的に展開している. 今後,昨年度の研究成果を考え合わせ,1)脊髄損傷後のapoptosis(関連遺伝子の変動も調べより詳細にする)の時間変化の治療閾との関連は如何に?,2)これらが神経栄養因子や支持細胞の増殖などとどのような相互関係にあるか(グリア反応と隣接部位でのシナプス再構築など)?,を検討し,脊髄障害の病態の理解とその適確な治療法の確立をめざしたい.
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