研究概要 |
抑制性シナプス伝達の可塑性の脳内領域による差を明らかにする目的で、大脳皮質視覚野、体性感覚野、聴覚野と海馬CA3領域における抑制性シナプスの長期増強の起きやすさを比較した。発達期(生後20-30日)あるいは成熟した(生後60-70日)ラットから作製した切片標本の皮質中層に刺激電極を2対刺入し、それらの電極により誘発されるシナプス電位を皮質2/3層、4層、5層細胞あるいは海馬CA3錐体細胞からガラス微小電極で細胞内記録した。2対の刺激電極が異なるシナプス線維群を刺激するように両者の間をカミソリの刃で切った。灌流液にNMDA受容体拮抗薬APVとnon-NMDA受容体拮抗薬DNQXを加えて興奮性シナプス伝達をブロックし、単シナプス性抑制性シナプス後電位(IPSP)を記録し、一方の刺激電極は条件刺激の効果をテストするために用い、他方はそのコントロールとした。長期増強を誘発するための条件刺激として、高頻度刺激(50Hz,1秒を10秒間隔で10回)をIPSPを誘発する閾値の5倍の電流値で加えた。発達期の視覚野の2/3層と4層では、すでに報告している5層の場合と同様にほとんど全ての細胞に長期増強が生じた。体性感覚野の5層において、長期増強は発達期ではほとんどの細胞に生じたが、成熟した動物ではほとんど起らなかった。聴覚野の5層細胞においても発達期では長期増強は高頻度で生じた。また、海馬CA3領域の錐体細胞においては、発達期と成熟した動物のいずれでも長期増強は生じなかった。以上の結果と昨年度の結果は、長期増強は大脳皮質の広範な領域で生じうるが、海馬では起りにくいことを示している。大脳皮質内では運動野より感覚野で起りやすく、感覚野では発達期に特に起りやすい。
|