これまでの研究から線条体は弱い電気ショックを与えたときの恐怖条件付けに関与することが示唆された。これは痛覚感受性の変化に起因しないこと、freezing反応そのものの表出には関与しないことから、恐怖条件付けの長期記憶に線条体が関与するだろうと推測された。そこで、線条体が弱い恐怖条件付け記憶にどのように関与するのか、本年度は以下の2点を明らかにした。 1.線条体が恐怖記憶を獲得する場として存在するのかどうかを、条件付けの1時間後、あるいは3時間後の短期記憶を解析することで検討した。その結果、マウスの恐怖の指標であるfreezing反応はコントロール群と有意差は見られなかったことから、線条体選択的細胞除去は記憶を最初に獲得する段階には関与しないことが示唆された。 2.次に、既に獲得した恐怖記憶に対して、線条体の除去が影響を及ぼすのかどうかを検討した。条件付けの24時間後、および記憶がさらに固定化された4週間後に線条体の細胞死を誘導し、恐怖記憶を計測した。条件付けの24時間後に線条体の細胞死を誘導すると学習は障害された。以上より、線条体が恐怖記憶の長期的な保持に関与することが明らかになった。 生物は生き残るために、記憶を用いて迫り来る危険を予測し、適応的な行動を取る。その中では、生死に関わるほどの大きな危険だけでなく、より危険度の低い状況でも適応的な行動をとることが重要である。「弱い恐怖記憶の長期保持に線条体が必須になる」という事実から、私たちが日常体験する程度の穏やかな危険に対して、線条体が取るべき行動を判断しているのではないかと考えている。本年度の研究結果は、より現実的な危険に対する脳の働きを提唱するだけでなく、恐怖が原因となる不安障害の新たな予防・治療法の開発にも発展する可能性がある。
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