本研究の目的は、モラルの進化的起源を解明することである。フサオマキザルは、報酬分配場面において、「不公平感」や他者への「配慮」といったモラルを支える重要な高次感情を示すことで知られる。そこで、彼らを対象に、高次感情の生起・制御に影響する要因について検討した(計画1)。分配者は被分配者と対面しており、その間に2つの餌箱を設置した。研究1では、報酬を得るための分配者の労力の増加や被分配者の協力の有無が、高次感情の生起や制御に影響するか、を検討した。分配者は自身の選択によらず同じ報酬を得たが、被分配者の報酬は分配者の選択により異なった。分配者は、自身の労力のみが増加した条件(不公平条件)では、被分配者の有無に関わらない報酬分配をし、労力が増加する前に比べ、被分配者に価値の低い報酬を与えるようになった。他方、分配者と被分配者が同等の労力を払って報酬を得る条件(公平条件)では、分配者は、被分配者がいないときよりも、いるときに、価値の高い報酬を多く分配した。研究2では、分配者の報酬が保障されなくても、他者への「配慮」は見られるのか、を検討した。分配者の選択肢には、自身には価値の高い報酬、被分配者側には価値の低い報酬が渡る「利己的な選択肢」と、自身と被分配者側に中程度の価値の同じ報酬が渡る「相利的な選択肢」があった。分配者のみが労力を払う場合、分配者は、被分配者の有無や社会的順位にかかわらず、利己的な選択肢を選択した。ただし、研究1と同様に労力を操作したところ、不公平条件では、分配者は被分配者の有無に関わらず、利己的な選択肢を選択したが、公平条件では、半数の分配者が、被分配者がいないときよりも、いるときに、相利的な選択肢を有意に多く選択した。モラルの維持を支える高次感情の生起・制御には、報酬を得るための自身の労力や、他者の協力の有無、報酬の保障の有無、が影響することが示唆された。
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