本年度の柱は以下の3本である。第1に、博士論文を最新の動向を反映させて公刊すること。第2に、博士論文で扱った内容の「後日談」を、主にその主要人物の一人であるダニエル・パスマニクの思想的足取りを追うことで明らかにすること。第3に、博士論文で課題として残された「社会」という概念について掘り下げるべく、日本社会学会の若手フォーラムに参加して他の研究者と議論すること。 第1の点については、慎重な校正作業を経て、『ロシア・シオニズムの想像力-ユダヤ人・帝国・パレスチナ』として、東京大学出版会より刊行した。 第2の点については、昨年度にアメリカ議会図書館で、今年度4月にパリのフランス国立図書館で収集した白系ロシア人の機関紙Obshchee deloにおけるパスマニク執筆の記事などを読み込むことで明らかにしていった。パスマニクの反本質主義的姿勢は変化しておらず、それが反ボリシェヴィズムの根底にあった一方で、ボリシェヴィキとユダヤ人を結びつける言説に対抗するべく、いかにユダヤ教とボリシェヴィズムが無関係であるかを説いた論説を提出していたことが浮かび上がった。後者は、いわば彼の反本質主義的な姿勢と矛盾するものであり、それを厭わずユダヤ人を守ろうとしていた姿を見出すことができる。これに関しては、12月にワシントンDCで開催されたユダヤ学会において報告した。 第3の点については、年度初めよりフォーラムメンバーと議論を重ね、9月の大会時に市野川容孝氏ほかを交えた議論のためのセッションを組み、議論を深めていった。一定の結論を出すことは目的にしていなかったが、「社会」概念の持つ様々な広がりが共有された。
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