研究概要 |
プロトン移動のシミュレーションを行う際、第一原理シミュレーションを用いると大規模な量子化学計算を伴うという問題点があるが、多状態経験的原子価結合(MS-EVB)という手法を用いてこの問題を解決した。それにより、分子動力学シミュレーションにおいて十分なサンプリングを行うことができた点が特色である。また、プロトンの量子効果が重要なので、手法としてセントロイド法を用いて取り入れた点も特色である。 まず、希釈フッ化水素酸中の弱酸性の原因はエントロピーの減少であることが上記の2つの物性から分かるが、それを表す分子論的指標として四面体・並進オーダーパラメーターQ・t*を用いたことが独創的な点である。これらは主に水などの四面体性や並進性を表すパラメーターとして用いられるが、本研究に応用することにより、プロトン移動の反応物から生成物までにF原子付近のQとt*が顕著に増加することが分かった。これは図1に示すように生成物における水の構造が四面体的になり、F原子周りの長距離に及ぶ秩序が大きくなったこと(エントロピーの減少)を示しており、希釈フッ化水素酸中の弱酸性の原因であると考えられる。 さらに、赤外励起後の非平衡分子動力学シミュレーションを行った結果、振動緩和と溶媒の再配置が約300,100fsで起こり、同程度であることが分かった。赤外励起後プロトンが移動するためには溶媒の再配置が振動緩和よりも速く起こる必要があるが、この結果からHFを振動励起した後、遷移状態で反応物と生成物が半分ずつに振り分けられる描像ではなく、振動緩和と溶媒の再配置が競争的に進行することが分かった。また、酸解離が進行して生成するcontact ion pairに水素結合していた水分子がプロトン移動の際に回転して再配置すること(前期水和メカニズム)が分かった。
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